2013年10月16日水曜日

ウイルスは「生物」か(923asahi)

巨大で遺伝子多い「パンドラ」発見
 今夏、米科学誌サイエンスの表紙をウイルスの写真が飾った。仏エクス・マル
セイユ大学ジャンミシェル・クラブリ教授らが見つけた巨大ウイルス「パンド
ラ」0ウイルスとしてはけた外れの大きさで、生物の常識を揺るがす発見とい
う0このウイルスはいったい、どんなパンドラの籍を開けようとしているのか。
 パンドラウイルスは、チリ中部の河口と、豪メルボルン近郊の浅い他の底で1種類ずつ見つかった。どちらも単細胞生物のアメーバに感染し、人間に害はないらしい。栴円形で、長径が1マイクロメートル(マイクロは千分の1ミリ)、遺伝子の数は2500以上。最も小さい細菌「マイコプラズマ」より10倍も大きく、遺伝子数は5倍になる。
 巨大ウイルスの発見はこれが初めてではない。元祖は2003年、米サイエンス誌で紹介されたミミウイルスだ。1993年に見つかった当初は、その大きさ(0.7マイクロメートル)から細菌と考えられた。
 だが、全ての生物にあるリボソームRNAが見当たらない。リボソームRNAは、写し取られた遺伝情報からたんばく質を合成する、生命の根本を支える物質だ。その後、別のチームが電子顕微鏡で正体をとらえた。生物に似つかわしくない正多面体で、ウイルスと判明した。ウイルスは細菌よりはるかに小さくて濾紙も通り抜ける、だからこそ人類は正体をつかまえられず、長らくインフルエンザや天然痘などのウイルス感染症に苦しめられた−。そんな常識を覆したウイルスに、細菌と「よく似た(mimic)」の意味でミミと命名された。
 その後、ミミのゲノム解析をしたのがクラブリ教授だ。遺伝子は千個。博士研究員として解析に関わった東工大の緒方博之特任准教授(生物情報科学)は「ウイルスなら数個から数十個が一般的。ウイルスの見方を覆された」と振り返る。
 クラブリ教授らは他の巨大ウイルスの追跡に乗り出し、2010年にはミミより遺伝子数が多いメガウイルスを発見。さらに今回、パンドラを探り当てた。
 真核生物と同じ特徴
 ウイルスは一般に、遺伝情報を持った核酸が、たんばくの殻(カブシド)に包まれた単純な構造だ。自らたんばく質を作れず、他の細胞に寄生しないと増殖できないことから、細菌などの「本物の」生物とは異なる存在と考えられてきた。
 だが、教授らがミミを調べると、わずかだがたんばく質をつくる遺伝子が確認できた。パンドラの遺伝子には、真核生物に特徴的なイントロンという、たんばく質の合成に寄与しない遺伝子領域が含まれることも判明した。
 それに加えて、細菌なみの大きさだ。寄生するなら、自分の機能をそぎ落として単純な方が都合がいいはず。もともと大きいものが、寄生の居心地の良さの中で退化したのか、それとも、寄生生活を通じて新たな機能を獲得し、複雑かつ大きく進化してきたのか。巨大ウイルスの独特の構造について、緒方さんは「僕たちの知らない何かがウイルスの中で行われていることを示すものではないか」と言う。
 「ヒトの起源」仮説も
 「生物」は現在、原核生物、古細菌、真核生物の3種類(ドメイン)に大別されている。人間や動植物は、細胞内に核を持つ真核生物の仲間。原核生物、古細菌は核こそないが、膜に囲まれた細胞構造を持ち、細胞分裂を繰り返して増える。クラブリ教授らは巨大ウイルスを、生物の「第4のドメイン」に追加するよう訴え、論争を巻き起こしている。
 生物と無生物を分けるものは何か。クロレラに盛業≒する巨大なクロロウイルス(直径0.2言まメートル)を研究する広島大・山田隆教授(生物工学)は、ウイルスは自ら増殖するためのエネルギーを作れないため、「生物でないことは確か」と言う。
 ただ、クロレラがクロロウイルスに感染するとヒアルロン酸を生成できるようになるなど、ウイルスに感染することである種の機能を獲得する生物もあり、「生物の進化の過程でウイルスが非常に重要だったことも間違いない」。、東京理科大の武村政春准教授(分子生物学)は「クラブリ教授の主張は突拍子もない話ではない」と受け止める。
 武村さんは01年、真核生物の細胞核の起源は、はるか昔にウイルスが持ち込んだ構造だと論文で発表した。天然痘ウイルスの仲間が感染先の細胞の核に入らず、1細胞質の中で自己複製できることに着目0核を持たない細胞にウイルスが共生した結果、核となり、真核生物ができたという仮説だ。ウイルスのおかげで今日の私たちがあることになる。
 巨大ウイルスの発見をきっかけとした「生物か、無生物か」の論争は、生物の起源への問いかけにつながっている。
              (冨岡史穂)

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