2013年4月29日月曜日

画材紹介その1「腕鎮(わんちん)-Mahl stick-」

こんにちは。美術学科の菅原です。
今回は画材の紹介を動画でお届けします。
第一回目は「腕鎮」です。
 ではどうぞ。

2013年4月24日水曜日

「パラモデル展」「造形作家・石田歩の世界」(417asahi)

少年時代からの妄想力

 例えば、砂山に掃ったトンネルがつながったときの喜び。現代美術の世界には、そんな子ども時代の感動を持ち続けていると思える表現者が少なくない。
 ともに京都市立芸術大出身の林泰彦(1971年生まれ)と中野裕介(76年生まれ)による
「パラモデル」は、代表格だろう。プラモデルを連想させる名前も、おもちゃの青いレール「プラレール」を床や壁、天井に曲げて伸ばして増殖させる代表作も、子ども心満載。「パラの模型」 「ぼくらの空中楼閣」という2題を掲げた東京展には一方で、知的な気配も漂う。
 前者では会場のビルを覆うガラスブロックが措くグリッド(格子)を、細いアルミパイプと方眼紙で展示室内に増殖=写真上右。部材をつないで増やしていく点はプラレールと同じだが、ずっとスタイリッシュだ。
 後者は、このビルをいわば足場に見立て、その中で「巨大な少年の建設計画」が進んでいると想定。8階の展示室は頭部が作られる位置らしく、顔の設計図が描かれた工事用のシートなどが登場する=同上左。詩的だが、根底にはやはり子どもらしい妄想力がうかがえる。
 さらに子ども心全開なのが、多摩美術大と京都市立芸大で学んだ石田歩(57年生まれ)が
京都で開いている個展で、副題は「工作少年の造形力」だ。
 達者な水彩の風景画なども並ぶが、見どころは、「トロッコ島」などと名づけられた、ジオラマ風の作品の数々だ。軍艦島さながらに黒く武骨な島にトッコの線路が巡り、ときにアナログなスイッチなども=同下。作りたくて仕方がないものを作ってしまった印象が強い。
 現実の再現ではなく、石田の記憶と夢想の産物なのだろう。そのとき呼び出されるのは、炭鉱や鉄道、コンクリート建築といった近代の産物ばかり。子どもの遊び心や妄想力と、モノづくりの近代は相性がいいのだ。
 実はパラモデルの2人も、町工場や電気工事技師といった親の職業と作風との関係について語り、展覧会の配布物にはこう記した。「そう、僕らは皆いつだって!春光溢れる空中楼閣に、遊び戯れ続ける少年のひとりなのだ」 (編集委員・大西若人)
 ▽ともに5月6日まで。パラモデル展は東京・銀座5のメゾンエルメス8階。石田展は京都
市・松ケ崎の京都工芸繊維大・美術工芸資料館(21日休み)。

岡本太郎と「化学反応」(417asahi)

記念館でチン↑ポムが新作展
 東京の渋谷駅構内に設置された岡本太郎(1911~96)の壁画「明日の神話」に2011年4月末、福島第一原発の事故をモチーフとした絵画を付け足した美術家集団「Chim←Pom」。ゲリラ的な作品発表が論議を呼んだ「事件」から約2年をへて、東京・南青山の岡本太郎
記念館で新作展「PAVILION」を開いている。

 記念館は岡本の住居兼アトリエで、現在は未完の作品を中心に展示する。平野暁臣館長は、チン←ポムの行為を「当初からアートの文脈で行われたと受け止めた。岡本をリス
ペクト(尊敬)している彼らを正規のステージに上げたらどうなるか、と考えて展示を提案した」と話す。
 作品は、福島の元避難区域や岡本の「太陽の塔」がある大阪の万博公園でカラスを呼び寄せる映像「BLACK OF DEATH 2013」、岡本の彫刻群のなかに紛れ込ませたキノコ雲をモチーフにした彫刻など。原発事故を経験した社会に潜むまがまがしさを暴き、「明日の神話」などで核兵器の脅威と人類の希望を措いた岡本の作品と響き合う。
 チン†ポムのリーダー卯城竜太は「ど真ん中のストライクでないと、(岡本との)いい化学反応が起きないと考えた。岡本の『対極主義』にならって、矛盾したものをそのまま
ぶつけた」と語る。その覚悟を示す作品が「PAVILlON」。養女の故・敏子が保管していた岡本の遺骨と、ベトナム反戦を訴える岡本の酉「殺すな」で、死を象徴する空間を構成している。  (西岡一正) ▽7月28日まで。祝日を除く火曜休館。

2013年4月15日月曜日

フランシス・ベーコン展に行ってきた。(東京国立近代美術館)

こんにちは美術学科の菅原です。

東京国立近代美術館で開催されている「フランシス・ベーコン展」に行ってきました。(­2013年3月8日〜5月26日迄)
その感想を動画にしました。自分に多大な影響を与えたフランシス・ベーコンについて熱く語っています。

フランシス・ベーコン展特設ページ
http://bacon.exhn.jp


2013年4月11日木曜日

美術学科2年「磁力の形成1ー迷い出る動物」

美術学科も2年生の最初の演習課題が始まる。

若手美術家の作品、一堂に(410asahi)

「UNDER35」横浜で

 公募によって選ばれた35歳以下の若手美術家を、個展形式で紹介する「UNDER35」が14
日まで、横浜市中区海岸通の展示施設「BankART Studio NYK」で開かれている。3回目
の今回は、五つの個展と一つの2人展を、ほぼ全館を使って同時に展開している。
 さらなる特徴は、美術家と美術家を支える画廊などのマネジャー役のチームを公募したこと。社会や市場のなかで、作家を育て、プロデュースする存在も重視してのことだ。その結果、旧倉庫の大空間を生かした6展が開かれることに。
 森や水の脚景をみずみずしく措く幸田千依、樹皮に刺繍をほどこし、LEDによる光の表現を手がける柵瀬茉莉子、廃材による船と廃油粉せっけんを使い、物語的な空間展示を見せる丸山純子らによる多彩な表現と出あうことができる。このほかの出品作家は、木村宗平、古久保憲満、松本寛庸、高山陽介。(大西若人)

ゆがんだ身体、現代映す(410asahi)


フランシス・ベーコン展

 ゆがみ、ねじれた身休とその肉塊。亡霊のような顔つき。アイルランドに生まれ、英国で活動したフランシス・ベーコン(1909~92)の絵は、ひと目で見る者の脳髄の奥深くに達し、忘れがたい像として定着する。美術史的にも市場的にも評価の高い画家の、日本では30年ぶりの大規模な回顧展は、大作を中心に三十数点。その浸透力を探る場になりえている。
まず、ゆがみ。とくれば、ピカソの「泣く女」などが思い浮かぶが、これは対象を複数の視点から捉え、一つの画面に再構成したキュービスムならではのゆがんだ顔だ。モデルの周りを画家がぐるぐる回って描いたイメージがある。対してベーコンが描く身体のゆがみは、対象が動いた残像が連なり重なって生じたように見えるのだ。 その印象を強めるのが、亡霊のような人物像だ。例えば「叫ぶ教皇の頭部のための習作」(52年、イエール・ブリティッシュ・アート・センター蔵)=写実上。薄くかすれた筆致による顔や体は、やはりこの人物が動いてしまったために生じた、写真のプレのようにも見える。
 ならば、動きや時間性が内包されているのではないか。静止した動画といってもよい。その中で際だつ大きな口は、口を開け続けるという動作の描写であり、叫び声まで聞こえてくる。 
 ベーコンはリアリズムを目指したという。そこに社会性が食まれてもおかしくないが、一方で映画監督に憧れ、作画に写真を活用し、さらにはX線写真にまで関心を持った。それを考えれば、ときに暴力的なまでに解体、再構成することで、映像の時代のリアルな人物像を求めた、とも思える。 
今回、出品作のほとんどがガラス板つきの額に入っている。ベーコン自身が、ガラスによって作品と観客に隔たりができることを好んだためで、当然ながら、鑑賞者の婆が映り込む場合がある=同下(手前は「椅子から立ち上がる男」、68年)。
 狙いではないらしいが、画申のゆがんだ身体と、ガラス上の私たちの身体が並び、重なる。この映像的な効果に、ベーコンが措く衝撃的な人物像は、現代の自画像ではないか、と再確認することになる。そのリアルさゆえに、見る者に深く浸透してくるのだ。(編集委員・大西若人)
 ▽5月26日まで、東京・竹橋の東京国立近代美術館。.4月15、22、5月7、13、20日休館。