2010年9月28日火曜日

映画「ハープ&ドロシー」アートと暮らす質素な夫婦(915asahi)

給料で美術収集4千点



 ロックフェラーにグッゲンハイム。アメリカの美術コレクターといえばそうそうたる大富豪の名前が思い浮かぶが、ハーブ&ドロシーのヴォーゲル夫妻はその対極にある。もと郵便局員と図書館員の小柄なカップルは、給料の中からアートを買い、質量ともに圧倒的なコレクションを築いた。アートを愛しアートと暮らす2人の姿を措くドキュメンタリー「ハーブ&ドロシヘが今秋、公開される。(編集委員・佐久間文子)

無心の鑑賞眼に称賛

 監督の佐々木芽生さん(48)はニューヨーク在住。テレビ番組の制作をてがけていた2002年に初めて夫妻を知った。 展覧会のオープニングなどで、地味な身なりの2人にアーティストたちが次々にあいさつに来る。つましい生活の中で買い集めた膨大なコレクションを無償でナショナルギャラリーに寄贈した夫妻に「現代のおとぎ話のような感動があった。いつかこの話を綺介したいと思って」と佐々木さん。
 妻ドロシーの給料で生活し、夫ハーブの給料で作品を写つ。2人は1960年代、まだ評価が定まらないミニマルアートやコンセプチュアルアートに狙いをつけた。毎日多くの個展に足を運び、アーテイストのスタジオを訪ねた。
 コレクション自体が一つの作品であるかのように、2人は狭いアパートに集めた4千数百点ものアートを売ったことがない。アートバブルも暴落も無縁だった。多くの美術館から譲渡の申し込みがあったコレクションを寄贈されたナショナルギャラリーは、「緊急時に2人が作品を売らなくてもいいように」謝礼を支払ったが、夫妻はギャラリーに還元すべくその金でも作品を買ったという。
 ハーブ88歳、ドロシー75歳。映画では過去と現在を行き来しながら、アートとともにあった2人の暮らしを映し出す。
 「彼らになぜこの作品が好きか聞いてもちゃんとした答えが返ってこない。困っていたら、あるアーティストが『だからあの2人はすばらしいんだ』と言うんです。『みんな理屈をこねるけど2人の目を見てごらん、ものすごい目で作品を見るだろう』って。見て見てとにかく見て、見えてくるものを自分で発見する。それで2人の目のアップを必ず撮るようにしました」と佐々木さんは話す。
 クリスト&ジャンヌクロードや、リチャード・タトルほか、たくさんのアーティストが楽しげに2人を語る。「誰も見向きもしない時から熱心に見てくれたからつい安く売ってし事つ」 「地下鉄やタクシーで持ち帰れないものはほしがらない」などなど。
 本作は佐々木さんが初めて辛がけた映画だ。アメリカの六つの映画祭で賞を取った。
 彼らのもとには、それまでに何人もの著名な監督が訪ねていた。「2人はいちども撮影依頼を断ってないそうです。でも『お金ができたらまた来る』と言って、戻ってきた人がいなかった。私はまったくの素人だから、お金を作ってから撮るという発想がなかっただけ」
 制作途中でハーブの健康状態が悪化、助成金や個人の寄付のぼか制作費の足りないぶんは白宅を抵当に借り4年かけて完成させた。
 試写会を自分のギャラリーで開くなど公開に協力している小山登美夫さんは「いろんな場で夫妻を見かけ、コレクターとして尊敬されているのがわかった。美術を買うことが彼らの生活のすべてになっているからだ」と話す。
     ◇
 映画は11月、東京都渋谷区のシアター・イメージフォーラムで公開される。10月に、横浜美術館など首都圏各地で監督のトークと上映会が開かれる予定だ。
 収集した作品に囲まれるヴォーゲル夫妻。映画「ハーブ&ドロシー」から
 

0 件のコメント:

コメントを投稿