2013年7月10日水曜日

分からないって豊かだ(629asahi)

 説明板に記された作者や題名を見ながら、美術作品を味わう。こんな楽しみ方が、水戸市の茨城県近代美術館で開催中の展覧会では難しくなっている。説明が隠されているのだ。じやあ、何も分からないじゃないかー。そう、それが狙い。題して「『ワカラナイ』ノススメ」展だ。
題名・解説隠され東フル回転

茨城県近代美術館
 「近年、『分かりやすい展覧会を開いてほしい』とよく言われる。分かりやすいとは、知っている作品が並ぶことだったり、詳しい情報だったり。でも美術館に来たら、自分とは違う『何か』と出あっていただきたい」
 市川政憲館長は、こう語る。日本の美術界、・いや、文化全体を琴つ「分かりやすい症候群」への異議と言ってもいい。そのために説明坂にふたをして、まず未知の作品と向き合ってもらうことにした。その後にふたを持ち上げれば、作者名などが分かる仕掛けだ。
 出展の約50点は同館所蔵品で、大正期から現代まで、抽象画や彫刻がかなりを占める。柳原義達や白髪一雄ら美術史に欠かせない作家の作品がある一方、郷土で活動した作家の作品も多い。作者や題名が不明なだけでなく、時代や傾向による章立ても解説もせずに並べてある。
 この展示は、美術に親しみ、展覧会を見るコツを知っている人の方が辛いだろう。作者や制作年はもちろん、美術史的な流れといった「文脈」には頼れない。「どちらもいいなあ」と思った作品の片方が有名作家で、他方があまり知られていない作家ならば、「有名って何か」と考えざるを得ない。自分の目と頭をフル回転しなければならない。
 担当する荒木扶佐子学芸員は「知らない作品や抽象画の場合、前を通り過ぎてしまう人が多い。でも、分からないことの豊かさを知ってほしかった」と話す。
 土曜と休館の月曜を除く連日午後1時からの「たちどまって見よう」という試みも、そのためといえる。毎日異なる作品を12点取りあげ、その前で来場者らが、作者や題名を知らないまま語り合う。
 例えば、小ぶりで暗い画面に白いものがうごめく油絵を対象にした日。十数人の参加者から「暗くて分かりにくい」「3人の農夫がいる」 「人が倒れているのでは」といった意見が出てきた。
 市川館長や荒木学芸員も加わり、「暗さ」についての議論も。「輪郭がばやける」 「あいまいに見せようとしているのでは」といった声があり、「位置を変えると見え方が変わる」というた発言の辺りで、熊谷守一が1931年に樅殉体を描いた「夜」という作品だと明かされた=写真右下。
 小動物や花を素朴に措いた熊谷の代表的な作風を知る人からは「もっと分かりやすい絵を措く人なのに」と驚きの声が。先入観を洗い流して「分からなさ」と、そして表現そのものと向き合うこの試みの一つの成果だろう。
 難解だといわれがちな抽象作品や現代美術を解きほぐそうする展覧会は少なくない。しかしここまで「分からない」ことに徹底した企画は、ほとんど例がないだろう。表現の本質に迫る画期的な試みといえる。   (編集委員・大西若人)


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