◆「創ること」の幅広さ、奥深さ、その場に身を置くことで、社会は一変するに違いない!

◆グラフィックデザイン、イラストレーション、またそれらが更に細分化していく現在、もう一度「想像すること、創造すること」の出発点に立ってみること。すべては「美術」と云う広大なフィールドに繋がっている。自身の生活を、豊かで、刺激的に過ごそうと思う時、「美術」がその“鍵”になることは確かだろう。

【美術学科の体験講座2011】すべて12:00~15:00
 7/27(水) 美術の方法①「オートマティズム-混沌から始めよ!」

2012年1月21日土曜日

瀧口修造とデュシャン展(118asahi)

対照的な2人の交流


 美術評論家の瀧口修造(1903~79)はシュールレアリスムの詩人で、戦後の前衛芸術の理論的支柱だったことで知られる。その瀧口と、コンセプチュアルアート(概念芸術)の始祖ともいえるマルセル・デユシヤン(1887~1968)の交流を探るー瀧口修造とマルセル・デュシャン展が29日まで、千葉市美術館で開かれている。
 2人が会ったのはスペインのダリ邸における58年の1回限り。しかし書簡での交流が続き、60年代半ばから瀧口はデュシャンに触発されたオブジぇ制作や収集を始める。展覧会は、作品、資料約300点で「交流を通し日本におけるデュシャン受容を示す」 (水沼啓和学芸貞)ことを狙っている。
 展示は、便器にサインをした「泉」や「瓶乾燥器」などよく知られたデュシャンのレディーメード(既製品)の作品群から始まる。しかしいずれも64年の再制作だ。デュシャンは再制作に寛容で、自分が美術品にした日用品のコピーを作り「それでも美術なのか」と問い直すようでもある。一方、制作も手がけた瀧口は出会いの後も、しばらくは塗られた絵の具を別の紙に写し取る作品など、シュールレアリスムの無意識的、自動的な作品を展開。その後、デュシャンに傾倒してゆく。
 極めて意識的な作風のデュシャンに、無意識的な表現を重視していた瀧口が近づいてゆく。対照的な立ち位置からの2人の交流の軌跡が確かめられる。 (大西若人)

0 コメント:

コメントを投稿